鱈のホイル焼きとたちポン

2月10日の日記

本日の外出はスーパーのみ。たちを買えたのでたちポンを食べることが叶いました。一人で食べるし一番少なくて安いのを選んだので形も悪かったが美味しかった。そして鱈と組み合わせる鱈尽くし。鱈のホイル焼きはお母さんがよく親父の酒のつまみに作っていて、お母さんの嫌いなきのこたっぷりで、親父が一人だけ食べるものだったのでご飯のおかずという概念がなかった。ご飯と食べるならただの焼魚か煮魚という考えしかなかったが、先月からホイル焼きにハマっている。簡単だし煙と臭いが出ないし野菜も食べれて最高。先月は鮭でしかやらなかったので鱈は初。アルミホイルを開けた瞬間の匂いがあの頃の食卓の匂いでとても懐かしかった!

せっかくだからパラサイトの話をすると、決定的な悪人はいないっていうのはそうなんだけど桃のくだりとかはけっこう根が腐ってないとできないことじゃないのかと思う。彼らも生きていくのに必死とはいえ、病気を演出する以前にそれで死ぬ可能性があるじゃんと。頭打ったときも、その前に桃…。いや全体がそういう話なんだけど。そこまでするつもりはなかったのに、ただ今の状況を乗り切ろうとしただけなのに、どんどん「計画外」の悪いことが起きて、最悪の事態へ…。

ポンジュノの言う社会派の作品を作ろうと思って作ったのではない。アジア映画というくくりにされたくない。それは本当にそう。今の時代もう誰でもどこからでもいろんな文化圏の作品に触れることができるし、全くの異世界のファンタジーでもない限り、この世界に生きる人間を描く限りは同時に社会も描かれるわけで。見てらんねえことだらけなのは確かだしこの引きこもりが肌で感じることもせずこんなこと言うのはちゃんちゃらおかしいのだが、世界見れるこの時代おもしれー。