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話題の衝撃作


ずっとずっと待っていた『夫のちんぽが入らない』を読みました。ここ一年やそこらの間のことですがこだまさんのブログやQuick Japanの連載も楽しみにしていて、すごいタイトルの本が出る予定でめっちゃ楽しみやねんけどという話も彼氏にしていたくらいでしたよ。想像以上に感動して泣いてしまった。あんなに良いあとがきがありますか。

私のような四半世紀も生きていない無能な人間が恐れ多いのですが、私もなんか最近ふとそんなことを考えていたなというようなフレーズがところどころあって嬉しかった。私は全てのことに意味があって神様(どの神かは知らない。どの神でもいい。神様じゃなくてもいい)に決められている人生だということにして出来事を飲み込んでいるところがある。
ちんぽの中でもそんなようにとれる部分が少しあって。いや、そう。絶対そうです、こだまさん。と思いながら読んだ。
キッチリ引用してこの部分が〜とかやると書評になってクソ生意気それこそ恐れ多いのでしません。わからない人は読んでください!!!!!!!!

全てのことに意味があるというか、自分の生きてきた人生全て繋がるのはまあ当たり前で、そういう面でこの時代、自分の出来事や思っていることを、インターネットに、SNSに、逐一残せるのは便利だ。恥ずかしいけれど。さらになんか最近一年前の今日のツイッターが見れたりとかいろいろあるでしょう。昔の自分楽しー。自分の過去ツイート検索していろいろ思い出すの大好き。でも結局ツイッターに書けること、他人に見せられることっていうのはくだらないし、誰が見てるかわからないから具体性も出せない。

私は今短大生時代に自分が考えていたことが思い出せなくて困っている。思い出せないというか、憶えておけてなかったというか。勉強もバイトも恋も頑張って友達とも遊んだ。ただその恋が厄介すぎた。脳内の占拠具合がおかしかった。勉強してたことやバイト(現彼氏と一緒に働いていた)のこと、友達との思い出、もっと覚えていなきゃいけなかったのにと絶賛後悔中。結局一緒になるのは目の前にいたその男なのにたいして会えもしない他所の男に夢中だった。楽しかったからバイトを続けていたことは確かだけど、うわの空で、ちゃんと真剣に働いていたか、そこの大人達に教わったことちゃんと身になっているのか、彼氏がいた手前今になって不安になる。
ただ、ここで話を戻すと、そんな状態だったことにも意味があって、私の人格形成に良いか悪いかしっかり影響している。大人に言われた言葉も、そんな私だったからこその受け取り方をしているはずで、自分で言うのは気持ち悪いけど、そんな私だったから彼氏との今がある。ということを最近よく考えているんですね。

まだ四半世紀も生きていないのに、まだまだ人生の苦しいこと全然乗り越えてないのに、生きてきた意味があったなんて大きなこと言えなくて、どうでもいい10代の頃の話なんてしてしまいましたが。どんなことがあってもきっと終われば意味があったと思える、思おうと、ちんぽを読んで思えました。ありがとうございました。