人間の証明のテーマ

YouTubeをオフラインで流せるアプリでラジオ音源を聴きながらパズルゲームをひたすらやる時間がたまらなく好きなんですけど。それもベッドで。

最近は、というかもうかれこれ5年くらい放送室が好きで好きで定期的に聴いている。最近になって放送室が終わったのは2009年だったことを知り、その頃には私はもう好きなアーティストのラジオを聴きながら勉強する等ラジオを聴く習慣ができていたのでリアルで聴けたじゃん、でも深夜帯は無理だったか、となったけどそもそも北海道では放送されていなかった。インターネットの時代に生まれて本当に良かった。

放送室といえばやっぱり尼崎の子供・学生時代の話じゃない。ひどいひどい言いながら本当に楽しそうに話すからこちらも笑顔が溢れてしまうじゃない。止まない雨はないじゃない。

それで思ってたのは私はそんなに子供の頃楽しかったことないしそもそもそんなに覚えてないということ。高須さんがよく「自分よう覚えてんな〜」って言うけど本当あのおっさん達子供の頃のことなんぼほど覚えてんねんてなる。あと放送室2時間も3時間も続けて聴くともう普通に関西弁喋れる気になる。

昔から冷めた女で学校が嫌いだった時期もあるしなんか雰囲気的にはそのまま友達いない子になってもおかしくなかったような感じだったけどなんとか持ち直してこうして生きてるだけで丸儲けだから子供の頃のことなんてもうそんな、いいや、って気になってたのだけど。この間、未だこのちっぽけな町で実家暮らししてる数少ない仲間から急に呼ばれて行くと、中学以来、下手したら中学もクラス離れて小学校以来話してもないようなメンバーがいて、しかもみんな男子で、びっくりしたけどまあーーー楽しい時間を過ごしたのよ。"初対面の人より中途半端に久しぶりの人のほうがなんか人見知りしちゃうよね"がキャッチコピーの私も普通に喋れるし、何よりそういう友達と話せば、何も覚えてないと思っててもたくさん思い出せるのね。おもしろいこといっぱいあった。これもう放送室できるやん!ってなった。

だいたいの人ってあのテレビで観る松ちゃんも子供時代があって普通の貧乏な家で育って普通にその辺で遊んでた子だったんだ〜おもしろさは桁違いだけど〜という親近感のわき方をラジオ聴いてる時点ですると思うんですけど、私はそんなににこやかになる思い出や、一回転校したこともあり語り合える幼なじみもいないと思ってたけど全然あったわ〜松ちゃん側に行けたわ〜という謎ベクトルの親近感とは違う、何、達成感?自己実現?自分磨き?起業?ベンチャー?みたいなのを感じれたという話。


そんなラジオずっと聴いてるような女の子モテないし友達いなくなるぞって3,4年前私に言った男がいたけどその男と今付き合ってるしそいつのほうが放送室ずっと聴いてた。私は生まれた瞬間からダウンタウンが好きとかふざけたことを言わせて頂いてるんですけど、本当に私自身も両親も彼氏もダウンタウンが好きすぎて環境の取り巻き方が半端じゃない。という話もいつか書いてみたい。書いてみたいというかこれ以上別にないんですけど。さようなら。

ママ〜ドゥユリメンバ〜