ヒグマンメゾン東京


OSO18の対策本部みたいなのやってたおじさん達は実際ブチ切れてると思う。あんだけいろいろやってたのに通りすがりみたいな人に狩られて知らぬ間に卸されて、勝手なことしてんじゃねーぞと思ってるに決まってる。これで酪農家さんの大切な牛が死ななくて済むとか言うしかないから言っとくけど、実際自分たちで仕留めて皆でOSO18の巨大な屍を囲んで記念写真を撮り、剥製にして釧路湿原塘路ネイチャーセンター的なところの入り口近くに展示したかったに決まってる。勝手に食ってんじゃねーよと思ってる。







先週の金曜日でしたね。少し前に上司と雑談してて、上司の馴染みのジビエ料理屋があると聞いたんです。僕はそんなもの全く食べたこともないし、普通にすごいですね食べてみたいですって言ったんです。そしたら上司が乗っちゃって連れて行ってくれることになったんですよ。そう言うしかないじゃないですか!社交辞令だし、口に合わなかったらどうしようと思いつつ、もう一人後輩を誘って3人で行ったんです。もう上司も気分良く店主の方に「今日は何入ってんの?」なんて言って。
「ちょうど今日北海道から熊入りましたよ!ヒグマですよ。うちはほとんど長野のほうのツキノワグマ仕入れてるんですけど、今回ツテができましてね。あとはいつもの猪と、鹿のロースも今日はまだあります。」
「熊かあ。まあ俺は好きなんだけど、けっこうクセがあるからなあ。こいつら初心者だから、とりあえず牡丹鍋と鹿肉のロティをもらおうかな。熊は様子見で。」
いや正直ホッとしましたよ。熊なんてあると思わなくて。好奇心もあるにはあるけど、そんなに珍しい肉ばっかり食べて腹も壊すんじゃないかって。しかも僕、翌日は彼女とデートの約束があって、前回仕事を入れられてドタキャンしちゃったから、今回飲みに行って腹壊してるだの二日酔いだだのなんて言ったら絶対怒られると思って。だから酒も抑えめで早めに切り上げたいと思ってたんです。まあ猪と鹿は食べられましたよ。豚や牛よりちょっと獣感はあるけど、鹿のロースは柔らかかったですしね。
「お前らロティってわかるか?ロースト。フレンチではロティって言うんだ。勉強になるだろ?」
なんなんですかね。いいんですよ。確かに自分では来られない店だから楽しいんですけど。自分の店でもあるかのような態度をなぜとれるんでしょうかね中年男性というのは。まあ気分良く飲ませてぐでんぐでんになってくれれば早く帰れるかなと思っていたときに、後輩が言い出したんです。
「僕ちょっとー、熊いってみたいっすね。せっかくなんで。北海道の熊なんて東京で食えると思ってなかったすよ。いいっすか?」
おい勘弁してくれよ。帰ろうぜ。奔放だな。若手特有だな。上司が断るはずもなく、食べましたよ、ヒグマ。確かに猪と鹿よりも臭みがあったけど、煮込まれてたので食べられましたね。あと噛み応えがあって、動物の肉食ってる!っていう感じでした。さすがにもう腹いっぱいで、上司も次の日ゴルフがあるっていうんで無事解散できました。

次の日は腹を壊すこともなく、普通に彼女とデートしていたんですが、夕方あたりからなんか体が熱くて。でも他に風邪みたいな症状もないし、すごく具合が悪いわけでもないので黙ってデートを続けていたんですけど。夜ご飯をどこで食べようかという話になったときに、彼女がパスタがいいと言ったんです。僕は好き嫌いもあまりなく、彼女の希望があるときはいつも聞いてあげていたんですが、その日はなぜか無性に肉が食べたくて。
「えー、肉?私昨日しゃぶしゃぶ行ったんだけど。なに、焼き肉?」
そこで僕もハッとしました。昨日あんなにいろんな肉を食べたじゃないかと。さすがに、と思い彼女に従ってパスタを食べました。でも、バケットも出てくるイタリアンのお店でしっかり食べたのに、肉食べたさが収まらないんですよ。これから焼き肉にでも行くとしても、彼女は絶対に食べられないし、僕も普通ならまともには食べられません。でも、どうしても食べたい。
「ねえ、うち泊まるの久々だしさ、もう帰ってゆっくりしない?ビールなら買ってあるけど、なんかつまみも買ってさ。Netflixの新しいドラマ観たいのあるの。一緒に観ようよ。」
答えたいのに、息が荒くなり、息をするので精一杯で、体もさっきより熱い。
「ちょっと、熱っぽいかも。今日は、帰って寝る。」
これだけを絞り出すのが精一杯で、ごめんの一言も言えず立ち去る僕に彼女は、
「大丈夫!?どうしたの?具合悪いならうちで寝なよ!一人で大丈夫なの!?」
と、後ろから声をかけしばらく追ってきていましたが、振り返りもせず早足で消えていく僕を見て諦めたようでした。

とにかく肉、牛肉が食べたい。牛角でいい。牛角で全然いい。カルビ専用ご飯も、にんにくホイル焼きもいらない。牛肉だけを食べたい。牛角に駆け込み、とにかく目についた牛肉を注文する。タン塩、ネギタン塩、上ハラミ、牛角カルビ、ロース…
なんなんだ、この衝動は。食べたいけど、本当に食べられるのか?落ち着きたいのに何も考えられない。彼女からLINEメッセージと着信が交互に来ていました。でもこれはどう説明したらいいかもわからない。すると上司からもLINEが来ていたことに気付きました。
『昨日のジビエ屋の店長から連絡が来たよ。OSO18って知ってるか?俺たちが昨日食った熊だった!』
その次にはニュース記事のURL。
【牛襲うヒグマ「OSO18」を駆除 DNA鑑定の結果わかる 北海道】「…2019年からことし6月にかけて放牧中の牛66頭が襲われ、このうち32頭が死ぬ被害が出ていて…」
まさか、この熊を食べたから…?だとしたら、上司も今…?震える手で上司に電話をかけました。
「え?あの熊のせいで牛肉が食いたい?あーそれなら俺もさっきゴルフ仲間たちとゴルフ終わりに焼き肉行ったぞ。関係ないない(笑)体動かした後はガッツリ食いたくなるだろ!………でも待てよ、俺もさ、なぜだか焼く前の生肉が気になってしょうがなかったんだよ。そのまま口に入れたくて、掴んでは網じゃなくて口に運びたくなった。さすがに生はヤバいと思ってなんとか我慢したけど………お前今、どこにいる?」

食べても食べても、無限に食べられる。焼いてる時間が煩わしい。もう生でいく。フグ刺しみたいに何枚も一気に箸でとる。そこで駆けつけた上司が僕を見て血相を変えていました。
「おい!お前大丈夫か!すごい量じゃねえか!……っておい…どうしたんだよその顔……!蕁麻疹か!?いや、水疱瘡みたいな…」







赤面疱瘡

山で熊に襲われた少年から感染りだしたといわれる若い男だけがかかる疫病。全身に疱瘡ができ、死に至る。これにより男性人口が激減し、女が全ての労働を担い家業を継ぐ。

男達を無駄に囲い貴重な子種を無駄にさせる贅沢こそが公方様のご威光の証し…美男3000人を集めた女人禁制の城…それが大奥である。

「上様のおなーりー」

シャランシャラン…

「そこの、黒い裃の、面を上げよ。
名を、なんと申す」