まじでどうやって見つけたん



なんか最近この記事をシェアしてくださった方を発見してどうやって見つけたん?ってなってる。7年前だって。怖。ていうか、手前味噌だが、なかなかいい文章じゃね?やるやん22歳のワイ。このブログそんな長年やってるのに内容充実してなさすぎだろ。

というわけでお読みいただけましたか?実際この文章を書き上げてから、以降の宇多田先生の曲をこの頃のような熱心さでは聴いていないことを告白します。だって、わかるときにわかればいいから。今、正直あんまわかんないから。まだ全然Time will tellとか味わってるから。でも私もうすぐ30の29、宇多田先生のその頃はもうグッバイハピネスも出し終えて、ちょうど人間活動。何も知らずにはしゃいでたあの頃にはもう戻れないね…

でもこいつ(私)都合いいよな。子供産んだとして、親亡くしたとして、子育てする環境も、母娘関係も、全く異なるからね。私と宇多田先生とでは、当然。あんまり他者に答えを求めてはいけないよな。そしてまず真剣に聴いてみてその結果やっぱ今なんか難しいなと思って時間が経って何気なく耳にしたときに改めて響いてくるのではなく、どうせ今はわかんないって決めつけるのはめちゃくちゃ失礼。で、いつまで経ってもわかんなかった場合お前はどうするのっていう。だから、宇多田先生の音楽があれば何があっても生きていけるとかあんま言わないほうがいいと今は思う。そんな私にまつわるエトセトラに全対応するために存在してるわけじゃないから。昔の曲が好きならそうとはっきり言って格好をつけるなよ。いい文章と思うと同時になんかしゃらくせえなと思ったね。

そんな私が何なら今わかるのかといったら、いつもこんな調子だった心のベストテン第1位はこんな曲だった。



結局な、私の人生の基準は私、それしかないんだよな(松山千春の喋り方)。あたしゃ、この曲に出会って今10代を過ごし大人になろうとしていく子たちが心底羨ましいよ。そしてこの8人組にも伝えたい。あなた方の歌は30歳にも響いています。この30歳も右目から涙が一個出ます、と。でもこれが響くということは自分を愛せていないのか?愛せていると思うけど。なんかこれはバービーを観終わったときにも思ったけどそのままの自分を愛そう系メッセージ、あんま言うと調子乗るぞと思うな。もちろん私がね。そんな言われると心底愛し始めてしまうぞと思うね。明日休みなら別にお風呂入らなくてもいいかって思ったりポテトを無限に食う私を平気で愛するぞと。予想を遥かに超えてくる愛し方を見せてやるぞと。後悔しても遅いよあんたたちが先に言ったんだ、愛せと。お遊びは終わりだよ。明日またここへ来な。見せてやるよ、本物を。